そのイヤホンを外させたい

そのイヤホンを外させたい

文芸好き。ラノベやWEB発の作品まで視野に入れつつ、文学または物語の趨勢について考えたことを書いていきます。

再読『兵士の故郷』

 

ヘミングウェイの短編小説に『兵士の故郷』という作品がある。

 
主人公のクレブスは、第二次世界大戦に従軍して二年後に故郷の町に帰ってきた。他の兵士たちよりも帰還の遅れた彼に対する町の住人たちの歓迎は一切なかった。
 
戦地での体験をクレブスがみんなに話そうとしても、聴く人間はもう誰もいなかった。先に帰還した兵士たちがほとんど全て喋ってしまっていたのだ。自分の話を聴いてもらうために、話を誇張したり嘘を言ったりするようになってしまう。彼はそんな自分に吐き気をもよおした。
 
街の通りで女の子の集団を見つけても、自分と棲む世界が全く違うと感じてしまい気軽に声を掛けることができない。
 
毎日昼過ぎに起きて図書館に行ったりビリヤード場に行ったりと一日中ブラブラしているクレブスに向かって母親が言う。
 
「なんでもいいからなにか仕事に就いてちょうだい。神の国には怠け者はいる余地がないのよ」
 
「ぼくは神の国なんて信じていない」
 
とクレブス。
 
「お前はお母さんを愛していないの?」
 
 
「ああ、愛していないね」
 
 
息子の心ない発言に泣き崩れる母。
 
 
彼の中ではもう全てが終わってしまっているのだった。
 
 
一度損なわれてしまったものを、波にさらわれた砂の城のようにイチからまた作り上げることはできない。
 
この短編には風景しかない。人生の処方箋のようなものもない。
 
しかし、その限りなくゼロに近い感じが魅力的で、大学生の頃からアラサーになった現在に至るまで何か行き詰まった時に読み返しています。

 

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)

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