そのイヤホンを外させたい

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そのイヤホンを外させたい

文芸を糧に生きるアラサー男子のブログです。

アリスに学ぶロジカル・シンキング

ふしぎの国のアリス (集英社文庫)

ふしぎの国のアリス (集英社文庫)


近頃、これまでの価値判断の基準では到底説明できないような異常な事件が多く起こるようになりましたね。


例えば、ドイツのパイロットによる旅客機墜落、ISISなどの過激派テロ組織の勃興、国内では、新幹線の中で突如焼身自殺をはかる男、熱狂的な嫌韓・嫌中ムーブメント、さらには、遺族に何のことわりもなく犯罪者の手記をおおやけにしてメディアの役割を全うしたなどと勘違いしている出版社、などなど枚挙に暇がない。そして、我々はこれらの事象に対して、いまだに明確な答えを持ち合わせていない。


なぜなら、それらの出来事は我々の共通認識からあまりにも逸脱した精神領域に発生の動機を持っているので、我々は答えに窮してしまうからです。全く理解が及ばないゆえの「怖さ」によって、みんなが口をつぐんでいる状態である。


人間のこころの深い部分で何か大きな変化が生じたのかもしれない。だが、果たしてそれが一体どのような変化なのかは、まだ誰にも分からない。しばらく、混乱は続くだろうと思います。


とは言え、我々は生きるために現状に対して何らかのリアクションを選択し続けていかなければならない。正に五里霧中といった感じですが、暗い時代を進まなければなりません。それは、避けられない運命です。


ルイス・キャロルふしぎの国のアリス』は、そんな混乱した現代の世の中としっかり並走することのできている本だと俺は思います。


中学生の時初めてこの本を読みましたが、全くわけがわかりませんでした。だってストーリーもしっちゃかめっちゃかだし、登場する動物たちの言うことも支離滅裂で、今の世の中以上に理解が難しかったですから。これなら、『ナルニア国物語』とか『指輪物語』のような世界観のしっかりしたファンタジーの王道作品の方がストーリーも面白いし、読むに値すると感じたことをよく覚えています。


しかし、今この本を読み返しみると、当時受けたのとは全く違う印象、新たな表情を持っていることを知ってとてもびっくりしました。


アリスが迷い込んだ世界が荒唐無稽であることは変わりません。でも、そこで繰り広げられる少女と地下の住人たちの押し問答の根底には、古びることのない「論理的思考」が確かにあると感じました。ストーリーはめちゃくちゃですが、幼い少女特有の素朴かつ明晰な論理の積み重ねに感心したり、一休さん的なトンチに思わず吹き出したりという楽しさがこの作品を読む醍醐味としてあります。


さて、出口汪は『論理的に考える技術』(ソフトバンク文庫)の中で、子供の会話の中にも論理はあると言っています。


人間の子供は、大体幼稚園や保育園に通いはじめる年齢になると他者意識が芽生えはじめます。それは、親や家族といった肉親以外の人間と接触するようになってはじめて獲得できる認識であり、親に頼らず、自分のことを自分で守るための術なのです。異質な物や状況と対峙せずには済まなくなった時、人は他人と共存するために論理を使うようになります。


ふしぎの国のアリス』には、そのような異質な他者との邂逅が一貫して描かれています。それは、一人の少女の成長の過程と言ってもいいです。

ふと目を動かすと、テーブルの下にちいさなガラスの箱が見えた。ふたを開けると、とっても小さなケーキがあって、乾しブドウできれいに「わたしを食べてね」と書いてある。「うん、食べてやろう」とアリスはひとりごと。「食べて大きくなれば鍵がとれるし、もっと小さくなればドアの下を這っていけるよ。どっちにしても庭へいけるんだから、大きくなろうが小さくなろうが、かまうもんか!」(p25)

アリスはおそるおそるドアに近よって、こんこんとノックした。
そしたら、カエル従僕、「ノックしたってむだだよ」っていうんだな。「理由は二つ。まず、きみとぼく、ドアの同じ側にいるからだ。つぎ、ドアの向こうは大さわぎで、ノックしたって聞こえっこないからさ」なるほど、家のなかからはひっきりなしにわめく声、くしゃみの声、それにときどきは、皿ややかんが砕けるみたいな大きな音がして、ものすごくうるさい。
「それじゃ、どうしたら入れるの?」とアリスは訊いた。
「そりゃあ、きみのノックにも意味があるかもしれないさ」カエル従僕はアリスのいうことなんかに、耳も貸そうとしない。「きみとぼくのあいだにドアがあればね。たとえば、きみが内側にいるとする。そこできみがノックすれば、ぼくはきみを外側に出せるってわけだ」しゃべりながらカエル従僕、空をながめっぱなしなんだ。
アリス、ずいぶん失礼だよ、こいつ、と思ったね。「でも、むりないのかな」とアリスは考えた、「こいつの目、頭のてっぺんすれすれのところについてるんだから。とにかく、返事をしてもらわなきゃーーえへん、どうしたら入れるの?」アリスは声に出して訊いてみた。(p92〜p93)

しばらくのあいだ自分のノートブックにせっせとなにか書いていた王が、そのとき、「せいしゅく!」と叫んで、ノートを見ながら読み上げた。「第四十二条。身長一マイル(約千六百メートル)を越すものは法廷から退出しなければならない」
みんなアリスの顔を見た。
「身長一マイルなんかないよ」とアリスはいった。
「ある」と王。
「二マイル近くある」と、女王も口を出す。
「どっちにしても、あたしは出ていかないからね」とアリスはいった。「だいいち、いまのはちゃんとした法律じゃないよ。あんたがいま考えついたことじゃないか」
「いちばん古い法律だ」と王がいった。
「それなら第一条のはずじゃないか」とアリスは抗議した。
王はまっつぁおになり、あわててノートブックを閉じる。「評決にかかれ」王は小さな震え声で陪審員に命令した。(p201〜p202)
北村太郎訳『ふしぎの国のアリス集英社文庫より引用〉

どうでしょうか。誰もが名前だけは知っている名作児童文学の中でこれはほどまでにロジカルな言葉の応酬があるのです。すごいですよね。質問と事実関係の整理を重ねることでジリジリと不思議の国の謎を解き明かしていく少女の姿に頼もしさすら感じました。大学で数学を教えていた著者だからこそ、ここまで徹底して書けたのだと思います。


ここに、先の見通せない世の中で生きていく我々のためのヒントがある気がします。


つまり、論理的思考というのは、物事の真相に迫り、「怖れ」や「不安」に打ち勝つための能力だということ。


作品の終わり間近で、アリスが地下の世界から元いた世界に帰還する直接のきっかけになったのは何だったのか?注意深く読んでもらいたいなと思います。


子供の自分に読んでほったらかしてる人はちょっともったいない。『ふしぎの国のアリス』は、大人も楽しめてなおかつ今日性のある名作ですよ。

出口 汪の論理的に考える技術 (ソフトバンク文庫)

出口 汪の論理的に考える技術 (ソフトバンク文庫)