そのイヤホンを外させたい

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ブログはタブラ・ラサ

三角関係における死の倫理


日本人の恋愛模様は海外のそれと比べて何だか湿っぽい。


この感覚は、フィクションの中に描かれた男女の三角関係を目を向けると分かりやすい。


作中に三角関係を執拗に描いた小説家に夏目漱石がいる。中でも『こころ』は終盤のKの自死が衝撃的な作品です。

こころ

こころ


二人の男がいて一人の女に同時に想いを寄せる。そしてその緊張関係の中で、一人が自分の命を絶つ選択をする。


思想家の吉本隆明はこの独特な三角関係について、「一人が去るか、もしくは三人ともども自滅するか」のただならぬ関係性と書いている。


三角関係を見れば日本人特有の恋愛の倫理が分かるのです。

海外の恋愛はカラッとしている


まず先に外国のフィクションの話をば。


フランスの作家プロスペル・メリメの代表作に『カルメン』がある。オペラにもなっていて、その中のいくつかの曲はCMなんかにもよく使われるから耳にした人も多いはず。


この『カルメン』ですが、ぼくは今までメリメの原作を二度とオペラの方を一度観ています。そしてその度に、「ずいぶんのん気な話だなぁ」という感想を持ちました。


ぼくは嫉妬に狂った男がカルメンを刺し殺すというのがいまいちピンとこなかったんですよ。確かに見た目は派手で悲劇性はあるけど、あっけらかんとし過ぎているというか簡単過ぎるというか……。そういうの全部ひっくるめて「のん気だなぁ」と感じたわけ。


カルメンという奔放な女性は確かに魅力的です。彼女には自分の自由を他人に制限されるくらいなら死を選ぶような崇高な心構えがある。こういう女性像を描き得たという点、メリメは同時代の作家たちより先を行っていたのだと思う。


しかし、カルメンに比べて男性のドン・ホセはというと……ぼくは薄っぺらい人物にしか見えません。行動がチープ過ぎて何の感情移入もできない。
カルメン』の主役はあくまでもカルメンであって周りの男たちはただの脇役に過ぎない。


カルメン』はスペインが舞台の話です。この情熱的で猪突猛進な恋愛模様は海を渡ったあちらの国特有のものでしょう。結末としては悲劇的なのにカラッと晴れた印象がある。日本の三角関係のように内へ内へと追い詰められていくような感覚はありません。

カルメン (新潮文庫 (メ-1-1))

カルメン (新潮文庫 (メ-1-1))


死の重圧


日本に話を戻して、漱石の作品以外にも三角関係を描いた国内の作品を見ていくと、ある一定の法則があることがわかる。


それは、女二人、男一人の組み合わせよりも男二人、女一人の組み合わせの方が悲劇的な結果に結びつくということです。


たとえば、あだち充の『タッチ』は最初タツヤ、カツヤ、南ちゃんの男二人、女一人の組み合わせによる三角関係になっています。そして、ご存知のように途中でカツヤが交通事故で死んでしまう。その後、タツヤと南ちゃんには死んだカツヤの存在が重くのし掛かってくる。『タッチ』の暗さというのは、二人が背負った死の重圧ゆえの暗さです。


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あだち充『タッチ』7巻(小学館)

転じて同じ作者による『みゆき』においては、三角関係の組み合わせは、若松真人、若松みゆき鹿島みゆきの女二人、男一人の組み合わせになっています。この場合三人の内の誰かが命を落とすほどまでには緊張感は高まりません。


これは余談ですが、あだち作品には登場人物(主にヒロイン)が洗濯物を庭で干すシーンがとても多い。日本のラブコメは表面上はコメディではあるけれど、海外の恋愛物と比べてじめっとした暗さが終始つきまといます。意識してやったことではないと思いますが、そういった意味での隠喩が洗濯のシーンに隠されていると感じます。


男が二人の場合と違って女二人の場合は一人の異性を争うという状況は同じなものの、女性ならではの「抜け感」ができるので一人が命を絶つほどの切迫感を物語に与えません。女の場合、男と違って他の男と結婚したり一人海外に行ってしまったりというガス抜きの手段が用意されており、危機的な三つ巴の関係による死への誘惑を振り切ることができるのです。


他の全ての作品に目を通したわけではありませんが、国内のフィクションで三角関係を扱ったもののほとんどで、この法則は適用できるように思います。特に名作であればあるほど当てはまる。


いくえみ綾の『潔く柔く』は、男二人、女二人の関係性が生まれ(厳密に言えば三角関係ではないが各人に対する圧力のかかり方を見るとそうとも取れる)、やはり男の一人が交通事故で死にます。一方、桂正和の『アイズ』においては、女二人、男一人の関係性で中盤まで物語が進み、女の一人がアメリカに行ってしまうことで三角関係が終わります。こちらの作品に悲劇的な雰囲気はありません。

潔く柔く 1 (マーガレットコミックス)

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I”s完全版 01 (ヤングジャンプコミックス)

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例外は武者小路実篤の『友情』とかですかねー。個人的な意見を言わせてもらえば、作者が鈍感だった、で説明がつくかと。上の法則が適用されていないという点でこの作品は最後まで低空飛行です。読んでいて甘酸っぱい気分にはなりますが、漱石の『こころ』やあだち充の『タッチ』のように打ちのめされるような感覚はありません。

友情 (新潮文庫)

友情 (新潮文庫)


男の方がメンタルが弱い


日本では女よりも男の方が自殺率が高いですし鬱病患者も多いです。


仕事や家庭での責任の大きさの違いももちろんあるでしょう。しかし、社会的な役割とは別のより精神的、根源的な部分において男の方が女よりも打たれ弱く悩む存在であるということは事実だ。哲学者に男が多くて女が少ないのも何だか頷ける。


昨今は合理的な恋愛結婚をするカップルが増加しているらしいけれど、頭脳だけではさばききれない畏怖すべき側面も恋愛にはあるようです。なんで、足元をすくわれないように気をつけましょうね。それでは。