そのイヤホンを外させたい

そのイヤホンを外させたい

文芸好き。ラノベやWEB発の作品まで視野に入れつつ、文学または物語の趨勢について考えたことを書いていきます。

旧作映画を観て考えた:『まなざしの長さをはかって』

まなざしの長さをはかって [DVD]

まなざしの長さをはかって [DVD]


監督:カルロ・マッツァクラーティ
キャスト:ジョバンニ・カポビッラ、ヴァレンティーナ・ロドヴィーニ ほか



今の時代iTunesやなんかでダウンロードして映画を観る人も多いそうですが、ぼくは今だに店舗派です。リアルの店舗も悪くないですよ。恋愛映画や家族映画など何らかの縛りもうけての「オススメ映画!」の棚があったりとか。あれ意外に眺めてると楽しい。たまに場違いなのがあったりしてね。


さて、「旧作レンタルで借りた映画でも観てのんびりと物を考えますか」というのがこの記事の趣旨です。


ブログというのはフローとストックで言えばストック、何らかの情報を積み上げていくものですから、決して目新しさだけが全てではない。過去の蓄積に目を向けるのも長いスパンで考えれば悪くないかなと。もちろん新しい価値観やテクノロジーもオープンマインドで受け入れていくことも必要ですが。


とりあえず、現在進行形で映画館で上映してる最新作の感想は自分が書かなくてもよりまとまった形で誰かが書くだろうと思うので、ぼくは「ここは自分の領域だ」と感じられる部分で文章を綴っていきます。TSUTAYAや他のチェーンでは旧作が一本100円でレンタルできます。気になったらふらっと寄って借りて観てみてくださいな。


というわけで、今日は『まなざしの長さをはかって』をご紹介。

「イタリアの夜」で脚光を浴びたカルロ・マッツァクラーティ監督作。イタリア北部の小さな村に、小学校の代理教師として赴任してきた若く美しい女性マーラ。彼女は村人の大きな関心を引き、チュニジア移民のハッサンは彼女に恋心を抱く。ジャーナリスト志望の青年ジョヴァンニは、マーラのパソコン設置を助けた際にパスワードを知り、ひそかに彼女の私生活を覗き見る…。
内容(「Oricon」データベースより)


2008年のイタリアの映画ですね。ぼくはこの作品の存在を知りませんでした。日本では上映されなかったみたいです。

主演女優の美しさが反則レベル


まず何と言っても代理教師マーラ役を演じるヴァレンティーナ・ロドヴィーニの美しさが異常。彼女を見るだけでもこの作品を観る価値はあると思います。


これが本場のイタリアの女。見てて溜め息が出るような官能的、肉感的なプロポーションをしておられる。


濡れ場はそれほど多くないにも関わらず、彼女の一挙手一投足がエロスを発散しているので観てて飽きない。何ということもない女性の仕草に宿る官能の予感をとても上手に映しているなぁと思います。


谷崎潤一郎もそうですが、女性を執拗に描くというただそれのみで作品を結実させてしまう情熱を感じました。

超絶美女の出現にざわつく男たち


突如現れた美女を前に平常心でいられない街の男たちが観てて滑稽、あわれ。


チュニジア人のハッサンなどは、普段は真面目な奴なのに自分の働く店に車を買いに来たマーラに一目惚れ。あっさりストーカー化します。全編を通して彼の言動はカタブツ過ぎるゆえの気持ち悪さに満ちています。完全な非モテコミット。


女性側は何ら気にしてないのに男の方が勝手に意識しちゃってる。その迷惑な感じをマーラの視点を通じて味わうことができるので、女性の内面を知る上でとても勉強になりました。


憧れの女性の私生活をのぞく


記者志望のジョバンニという青年がいます。彼はこの物語の語り手のポジションで、多分に漏れずマーラに恋心を抱いています。まぁ年齢差もあるので年上の異性に対する憧憬の念と言った方が近いかな。彼はふとしたきっかけでマーラのPCメールのパスワードを手に入れ彼女の私生活をのぞき見ることに。そこには恋にも仕事にも活発なごく普通な独身女性の姿があった。


この設定背徳感があってすごく好きです。自分で勝手に神秘化していた憧れの女性の私生活を思わぬきっかけで目にした時、その予想外の安っぽさに肩すかしを喰わされた経験のある人も多いはず。たぶん、街の男たちの中で等身大のマーラを見ていたのは彼だけかもしれませんね。少なくともジョバンニを介することで、われわれは他とは異なる地に足の着いた視点でマーラを眺めることができます。

他人との距離


『まなざしの長さをはかって』というタイトルの意味は、映画を観終わった後でも正確には分かりませんでした。でも、作品の中でそれっぽいことが一登場人物によって言及されています。


他人との距離の取り方は難しい。近過ぎても遠すぎても不明瞭なものになってしまう。世界をきちんと把握するには正しい距離に立つことが何よりも大事なんだ。


みたいなことが言われています。


ネタバレになるので詳しく言えませんが、終盤作品のムードがガラッと変わった時に上の言葉を受けてのジョバンニのモノローグがあります。そこで彼は、「自分は適切な距離を取ることをしないで敢えて対象に近づいたことによって真実にたどり着くことができたんだ」というような意味のことを述べます。


ぼくはこの矛盾に作品を理解するキーがあるように思いますね。


正しい距離って何ですかね? 自分たちが正しいと思っている距離も、元をたどってみればマジョリティーの人間たちによる偏見で支えられたものに過ぎない場合もたくさんあります。


チュニジア人のハッサンの描かれ方には、そういった正しい距離感覚ゆえの曖昧さと異質なものに対する無意識の軽蔑がいかに人々の判断能力を狂わせるかということを教えてくれる気がします。


いずれにしろ前半と後半で全く雰囲気の異なる作品です。それが弱点とも言えるかもしれまんが、ちょっとエッチなコメディで終わらせない点にぼくを魅力を感じました。