そのイヤホンを外させたい

恋愛結婚からの脱却/牛窪恵『恋愛しない若者たち』

テレビにも出演する有名な評論家による一冊。


全体的には「ちょっと冷めた若者像」を提示するありがちな若者論に終始しているので退屈な部分もあるが、恋愛市場に関する膨大な調査量はさすがで勉強になった。恋愛という書き手の主観や経験に左右されやすいテーマにおいてここまでデータに裏打ちされた客観的な分析を示せるのは、それだけで十分に価値のあることであると思う。


「今の若者は冷めている」
これまで何度となく言われてきた年長世代の共通認識だ。恋愛に関しても言わずもがなって感じだが、著者はその事実を頭ごなしに否定するのではなく、彼らのニーズに応える新たな恋愛観を許容できる社会の枠組みを年長世代が作るべきだと主張する。


本書によれば、恋愛→結婚という現在のあたりまえは昭和の時代に成り立った仕組みでしかない。我が国の長い歴史を見ても絶対の基準ではない。どちらかというと、日本人は恋愛に対して過剰なロマンスを求めない人種だったようである。


そもそも、恋愛と結婚はそこまで属性を同じくするものではなく、それぞれが全く別の素養をカップルに要求する。

当然ながら、恋愛初期に不可欠なのは、性衝動にもつながる「男らしさ」「女らしさ」。だが結婚後の生活を考えれば、そこは必ずしも重要とは言えない。近年はさらに夫にも女子力が、妻にも男子力が必要とされてもいるのだ。

これらを鑑みても、恋愛と結婚は元来、相容れないどころか、相反するもの。極端に言えば、「混ぜるなキケン」なのである。
p255より



「混ぜるなキケン」とは言い得て妙だ。


「ロマンチックな恋がしたい」という思いと「将来を見据えた上で結婚相手を選びたい」という思いは常に矛盾する。考えてみれば当たり前の話なのだが、これまでの日本社会はその矛盾を見て見ぬ振りするだけの経済的な余裕が国民の大多数にあった。しかし、今はそれどころではない。


現代にあっては、恋愛と結婚を必ずしも1セットで考える必要はない。周囲の目さえ気にしなければ「通い婚」や「週末婚」、「年の差婚」など幅広い選択が可能だ。ヘタに「恋愛結婚」という理想に固執すると実現のためのハードルが高過ぎて、二兎を追う者は一兎をも得ず、一生独身で終わる可能性も出てくる。男はこうあるべき、女はこうあるべき、という義務感とプライドを手放すことができれは、これまでの常識にとらわれない柔軟な人生設計が可能になる。


こと恋愛に関しても家族や仕事と同様に、それまでの「あたりまえ」にメスを入れて、現代を生きる等身大の自分にマッチしたものへと再定義することが必要なんでしょうね。やれやれ、考えることはいっぱいあるなぁ。