そのイヤホンを外させたい

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物語を糧に生きるアラサー男子の方法序説。文芸や出版メディアの趨勢について気になったことを書いていきます。

絶望から出発せよ/和佐大輔『テトラポッドに札束を』

テトラポッドに札束を (単行本)

テトラポッドに札束を (単行本)



12歳の時、海水浴中に海に飛び込みテトラポッドに激突、頚椎損傷。身体の胸から下が麻痺し車椅子生活に。


17歳でネットビジネスに開眼。オリジナルの視点をふんだんに盛り込んだ情報商材が一躍有名になりあっという間に年商1億円に。その後も革命的な商品を世に送り出し続ける。本書はそんな異常な経歴を持つインターネット起業家和佐大輔による人生指南書である。


ブックオフの100円のワゴンの中に転がってるのを偶然見つけて大した期待もせずにパラパラと読み始めたところ、気づきの多さに驚いて結局レジに持ってって近くのドトールで一気読みした。


こいつは! って感じ。
第一級の障害認定をされていても人間はここまで突き抜けた生き方ができるものなのか。


12歳で見たどん底



12歳で車椅子生活を余儀なくされるって、聞いただけでも絶望的な状況だ。ぼくは和佐さんとほぼ同世代なので、どうしても自身の思春期の記憶と重ねて考えてしまうのですが、もし自分が彼と同じ状況に陥っていたら、たぶん立ち直れないのではないかと思います。もしかしたら死を選んでいたかも。車椅子の生活は家の玄関の上がり框を乗り越えるのさえ困難を伴うんです。そんな状況のどこに希望を見出せばよいのか。12歳の子供が背負い切れる問題ではない。


日常生活はもちろん、就職するに当たっても障害者が健康人と変わらぬレベルで社会参加することは難しい。


・既に就職していた後に、事故などで障害を負った場合は、法律上、障害だけが理由で解雇することはできないので、リハビリが終われば職場復帰することも可能です(障害が業務に支障をきたすようであれば復帰は無理です)。
しかし、僕のようにこれから就職先を探す人間にとっては、就職自体が至難の業です。
障害者雇用政策などで、一応、障害者の雇用先はありますが、それは片足切断などの比較的軽度な障害に限ったことです。p20


片足切断で軽度な障害というのが何ともショッキングだ。第一級の障害者というのは、われわれが考えている以上に生活に不便を感じているのが現状なんでしょうね。


インターネットは個人の影響力を最大化する



そんな過酷な状況においても、和佐さんは決して腐ることなく自分の居場所を探し続けます。そして辿り着いたのが自宅でもできるネットビジネス。


ぼくは彼が作った情報商材を買って読んだことがないので、内容の良し悪しについては語れません。が、17歳の時から始まる和佐さんの快進撃は、インターネットの特性を熟知し有効に活用したからこそもたらされた、言うなれば必然の結果だったということが本書を読むと分かります。


和佐さんが発見したネット社会のルールの中でぼくが感銘を受けたのは、「インターネットは個人の力を最大化する」というもの。個人の力とは知力でも腕力でもなく、影響力を指します。ブログでもTwitterFacebookのようなSNSでも、その仕組みをきちんと理解して正しく運用すれば、無名の個人でも社会に対して働きかけていくことが可能な時代に既に突入しているのです。変化に気づき、それを利用するか否かは全て個人の選択次第なんですね。やるかやらんか。それだけ。


全ては絶望から始まる



・世界には「絶望」と「希望」が同時に存在しています。p177


と和佐さんは本の最後に書いている。


確かに、資本主義社会は弱者淘汰の過酷な競争社会です。生まれた時から全ての人間がコモディティ化した商品として扱われ、社会にとって有用な人間か否か常に審査され続けるという事実は、絶望と呼ぶべき状況なのかもしれません。しかし、障害を背負った和佐さんに生き延びるための活路を示したのも、その残酷な社会であったこともまた事実です。社会的弱者であるはずの和佐さんは、資本主義のシステムを逆手にとることで自分の居場所を作り出すことに成功したのです。


アメリカの作家、アーネスト・ヘミングウェイの『兵士の故郷』という短編小説をご存知でしょうか。


これは、第一次大戦の終結後故郷の街に帰還した一兵士の虚無的な日常を描いた作品です。主人公の兵士は「全ては終わってしまった」という認識のもとでしか周囲の親や異性を眺めることができず、毎日図書館で暇を潰したり、その辺を適当に散歩したりしながらひたすら時間を空費していきます。ヘミングウェイは、人間の尊厳を無視した大量虐殺が個人の内面にいかなる傷痕を残し得るのかを、一人の元兵士を通じて描いています。


ぼくが大学時代にお世話になった文学部の先生は、一年の内の最初の授業の日までにこの短い作品をぜひ読んでくるようにという一風変わった提案をしていました。


「激動の現代社会を生きることを余儀なくされたわれわれは、まずこの作品に触れ、絶望から出発することとしよう。それがロストジェネレーション(失われた世代)の作家たちの諸作品をわれわれが紐解く今日的な意義なのだ」


当時のぼくは不真面目な学生でしたから、先生の言葉の真意も汲み取れず、作品を読まずに学校を卒業しました。その後曲がりなりにも会社勤めをし、通勤電車に揺られ、社会の荒波に揉まれながら世の中の理不尽さ、その中で妥協と共に生きていかざるをえない自分というちっぽけな存在に愛想を尽かし自暴自棄に陥りました。そんな時、ふと思い出して初めてこの作品を読んでみて何だか救われる気持ちになったんです。ぼくはいつも気づくのが遅いですから。


話は逸れましたが、和佐さんも種類は違えど絶望からスタートし、闘争の末に独自の希望を手にすることに成功した人物なのだろうなと思いました。見通しのきかない目の前の霧を切り裂いていくような姿勢が魅力的だ。


他の方のレビューにもある通り、実際的なアドバイスに欠けるというマイナス点もありますが、その弱点を十分にカバーするほど本質を突いた言葉に満ちているので、一読の価値はありますよ。

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)

われらの時代・男だけの世界 (新潮文庫―ヘミングウェイ全短編)