そのイヤホンを外させたい

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ブログはタブラ・ラサ

『進撃の巨人』を読んで個人の自由について考えた

進撃の巨人(19) (講談社コミックス)

進撃の巨人(19) (講談社コミックス)



進撃の巨人』が面白い。
何を今更?
世間でこんなにも人気を集めているというのに。


いや、それでもコミックとアニメの劇場版にあらためて目を通してみて、そのバトル漫画としての面白さと高いテーマ性に圧倒されました。作品が時代と握手してる感じがする。これは面白くならないはずがない。


目次


家畜は自分の不自由に気づかない


壁の内に追いやられてから100年、人類は一時的な平和の期間を通していつの間にか巨人の脅威を忘れ去っていました。たまにエレンのような変わった奴が彼らの危機意識の欠如を指摘してもガキの戯言としてしか受け取らない。「今まで大丈夫だったから」という何の根拠もない理由にすがって自分の頭で考えることを放棄している。そんな折、突如出現した超大型巨人によって壁はあっけなく穴を空けられてしまう。

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「一生壁の中から出られなくてもメシ食って寝てりゃ生きていけるよ……でも…それじゃ…まるで家畜じゃないか……」
諫山創進撃の巨人』第1巻より引用


エレンのように自分に置かれた環境の理不尽さに気づける奴ってレアなんですよね。大抵の人間は疑念を持っていてもその感情を押し殺してぬるま湯の現状で妥協する。たとえそれがかりそめのユートピアだったとしてもです。だって敢えて口に出して人と違うこと言うのって面倒だし絶対叩かれますからね。


「それじゃまるで家畜じゃないか」
エレンの言葉は思考停止に陥った人々に対する辛辣な批評です。家畜は持ち主の手によって生かされてはいるけど死んで肉にされるまで自分の不自由に気づくことができないんです。


無知は不自由に直結する。
漫画の世界だけでなく我々が暮らす競争社会では、物を知らないというだけで多くのチャンスを失います。


例えば労働問題なんかにしても、日本人は当たり前のように休日返上でサービス残業してあり得ないほど超時間働いている人が多いですが、アメリカに目を向けると、仕事に関する考え方が良い意味でドライなことが分かる。彼らは会社が自分に何のリターンももたらさないと知るとすぐに出ていきます。ハードな仕事に従事するとしてもそれは一時のことであり、後からそこで得た対価をちゃんと自分や家族の生活に還元します。間違っても日本人のように会社への無駄な滅私奉公はしません。会社と従業員の立場は対等です。実際に目にしたわけではなく本で読んだだけでもこのようなことが分かります。これって知ると知らないでは雲泥の差がありますよね。知は力なり。


自由には困難が伴う


実際のところ、自由を求めるのはごく一部の命知らずな変人に限られます。調査兵団のメンバーみたいなね。彼らは現状に甘んじることをせず、壁の外の未知なる世界への探究心を失わない改革者の集まりです。


とはいえ、自由を手にするにはそれなりの責任が生じます。大多数の人間の空気に抗って自分だけ違うことをするとあらゆる方面から反発を受ける。麻酔なしで手術を受けるようなもので非常に痛いわけです。調査兵団に入団した新兵の五割は第一回目の壁外遠征で巨人に喰われます。その難関を乗り越えたものだけが、生存率の高い優秀な兵士へと成長していく。


何か新しいことを始めるのってなかなかつらいですよね。資格の勉強するにしても小説書くにしても副業するにしても、自分の望む結果が出るのかも判然としないまま忍耐強く続けなきゃいけない。やる理由よりもやらない理由の方が多く感じられる。めんどくさい。楽して勝ちたい。


でも、最後までやり遂げる人はちゃんといます。大多数の人が途中で諦めるのにも関わらず。


なぜか? 


成功した時の形ある見返りのためというのももちろんあるでしょうが、たぶんそれ以上に、周囲の空気に同調して楽をするより自分の意志に基づいて行動する方がずっと楽しいからだと思います。自分で頭で考えて決めたことなら結果うまくいかなくても胸を張って次に進めますから。


それでも自由を望んだ個人が結果手にするもの


自由のために困難に立ち向かった個人への最大の報酬、それは裁量権だとわたしは考えます。自分の意志で判断し行動する権利があれば人は幸福を感じることができる。


しかし、まだ右も左も分からないうちから闇雲に意思決定をする人に真の裁量権があるとは言い難い。せっかく自分の意志で決めてもその全部が的外れでその人に不利益しかもたらさないのであれば元も子もないです。


正しい選択をするには知識と経験の両方が必要です。多くを知っていること、選択するための能力があること、その二つが揃って初めて個人の裁量権は確立する。前者については、「無知の知」なんていう哲学の言葉があるように、自分が知っていないということを知ることが一番難しい。後者については、やはりそれなりの苦難に遭遇して逆境の中で自問自答を繰り返すことが大事かなと思います。人って残念ながら追い詰められないと自分の頭でものを考えないようにできています。


もちろん自由を求めないのも自由


ここまで不自由からの脱却、裁量権の獲得の重要性を書いてきましたが最後にちゃぶ台をひっくり返すようなことを。


そんなに気を張りつめて自由を望む必要ないです。嫌なら。


だって不自由に甘んじる自由だってあっていいはずでしょ。自由を求める人間が偉くてそうじゃない人間が偉くない、みたいな考え方は一方的で息苦しいしそれ自体が不自由な発想だとわたしなんかは思います。そもそも自由って個人の主観でしかないですから第三者が見て判断できるものじゃない。刑務所の中にいる人だって自分を自由だと思う人は百パー自由です。

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周りにかけ替えなのない家族、友人、恋人がいれば、いや別にそれすらいなくても、自分自身の尊厳を大事にして生きることさえできればハッピーです。そのためにはやっぱり裁量権が及ぶ範囲は広い方がいいよね、という話です。みんな同じ、でもみんなと同じじゃダメ。そんなアンビバレントな心意気を自分の中で両立させる余裕を常に持っていたいものです。

オレ達は皆
生まれた時から自由だ
それを拒むものがどれだけ強くても
関係無い
炎の水でも 氷の大地でも
何でもいい
それを見た者は
この世界で一番の自由を手に入れたものだ
戦え‼︎
そのためなら命なんか惜しくない
どれだけ世界が恐ろしくても
関係無い
どれだけ世界が残酷でも
関係無い
戦え‼︎
戦え‼︎
戦え‼︎
諫山 創進撃の巨人』第4巻より引用
自由論 (光文社古典新訳文庫)

自由論 (光文社古典新訳文庫)