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異世界転生小説は新時代のピカレスク小説なのか?


「異世界転生小説」をご存知だろうか?


宮部みゆき東野圭吾といった一般文芸をメインに読んでいる人には聞きなれない言葉かもしれませんが、ライトノベルやウェブ小説の世界では王道の物語形式です。


簡単に説明すると、現代日本で暮らすパッとしない主人公がひょんなきっかけで中世ヨーロッパ風ファンタジー世界に召喚され(あるいはその場所で新たな生を受け)、元いた世界とは打って変わって大活躍する。そんな夢物語を描いた作品群の総称です。


トールキンの『指輪物語』や栗本薫の『グイン・サーガ』のように、主人公が異世界の住人(異世界ネイティブ)である従来のハイ・ファンタジー作品とは違い、資本主義以後の価値基準を持った現代人を主人公とした点がこのジャンル一番の特徴です。


試しに小説投稿サイト「小説家になろう」にアクセスしてみれば、読者の人気を獲得し、ランキング上位に掲載されている作品のほとんどがこのジャンルであることが分かるはず。異世界転生小説は一貫して絶大な人気を誇っているのです。


わたしはつい先日までオリジナルの小説を書こうと目論んでいたこともあり、このジャンルの作品を書いて同サイトに投稿してみようかと一瞬考えたりもしました。結局、ライバル多過ぎと思ってすぐやめましたが。笑


作り手の側からすると、現代の人間を主人公とする異世界転生小説には、


1.読者の共感を得やすい
2.異世界の設定を主人公目線で説明しやすい
3.単純に作者が書きやすい


という3つのメリットがあるようです。門戸は広いもののそのぶん作者の力量が問われるジャンルと言っていいでしょう。



さて、ここからが本題。
人気作のいくつかに目を通してみて、自分が昔読んでたファンタジーとはずいぶん変わったよなぁという感慨に打たれました。


主人公が異世界に飛ばされるという設定自体は90年代頃からもう既にあった(小野不由美さんの『十二国記』とかTVアニメの『モンスターファーム』とか)。だから、その点に関してはそれほど変化を感じない。でも、召喚、転位、転生する主人公の人となりが昔と比べて大分即物的になっていると感じました。はっきり言ってしまえば、どいつもこいつもゲスばっかなんです。笑 なんでこうなっちゃったんでしょう? おそらく、理由は二つある。


目次


〈理由その1〉読者層の高年齢化


まずファンタジーというジャンルの定義を明確にしておきます。


ポルノ小説家兼ライトノベル作家鏡裕之によれば、ある作品がファンタジーと呼べるか否かを判断する基準には、


1.資本主義成立以前の世界が、メインの背景
2.少年や少女が楽しめるように配慮されている

参考:『鏡裕之のゲームシナリオバイブル』


の2つがあるそうです。


この基準と異世界転生小説を照らし合わせてみた場合、1は合致しているが2については必ずしも当てはまるとは言えない。


確かに、現在ウェブで人気を博している異世界転生小説は、表面上は従来のジュブナイルファンタジーの型を忠実になぞったものである。しかしある程度読んでいけば分かることなのですが、そこに主人公(少年少女)の成長物語が描かれることは稀です。


異世界転生小説の主人公は、「俺TUEEEE」や「チート」と呼ばれる反則的な属性をはじめから持っており、異世界の社会秩序を自分の都合の良いように容易に改変することが可能です。これは、「無垢」が主人公の特性としてあった従来のジュブナイルファンタジーとは180度異なる設定ですよね。


従来のジュブナイルファンタジーにあった「ビルドゥングスロマン(教養小説)」としての顔が、異世界転生小説には決定的に欠けている。


このような変化の理由には、ライトノベル市場における読者層の高齢化があると考えられます。


80年代後半〜90年代の十代にかけてライトノベルを嬉々として読んでいた世代が、現在20代後半〜30代でそのまま継続してライトノベルを読んでいます。読者の年齢層は変わったものの、読者その人は元のままなんですね。


サラリーマンの給料日である毎月25日か末日の夜に大型書店に足を運び、ライトノベルもしくはウェブ小説の棚を観察してみて下さい。棚の前で、少なくない数のスーツを着た男性が商品を物色する光景を目にすることができるでしょう。


彼らが現今の異世界転生小説の主要な読者層です。作家も思春期の少年少女ではなく、目の肥えた大人の男性(その大部分は独身)向けに作品を書くようになる。結果、自ずと作品の主人公の心性も彼らの共感を呼ぶようなものに変化していきます。昔に比べてゲス度が高い主人公像には、現代日本社会で暮らす独身成人男性の厄介なルサンチマンが影響しているのです。


〈理由その2〉高度経済成長の終わりと企業の年功序列制度の廃止



高度経済成長と会社内の年功序列制度が終わりを迎えたことによって、ビジネスパーソンとしての成人男性の日常は今やかつてないほどストレスフルなものになっています。


飯田一史『ウェブ小説の衝撃: ネット発ヒットコンテンツのしくみ (単行本)』は、右肩下りを続ける出版業界におけるウェブ小説の可能性に注目した本です。本書によれば、異世界転生小説は、世界でも稀に見る労働時間の長さを誇るサラリーマン男性が過酷な日常を忘れて一時の安らぎを享受するのに最適なコンテンツだと説明しています。


彼らが求めているのは、成長や教訓ではなく、自身の低い収入や社会的な地位に対する慢性的な不全感を解消してくれるような読んでスカッとする物語です。そのための一番手っ取り早い要素として「俺TUEEEE」、「チート」、「ハーレム」などのテンプレが生み出され、類似した作品が量産されています。


飯田一史はこのような状況を、イギリス小説史においてチャールズ・ディケンズが果たした役割を引き合いに出すことで好意的に解釈していますが、わたし自身は正直疑問です。そんなのファンタジーって呼んでいいのか? なんて思ってしまう。架空の物語とは言え、自分たちの都合のいいようにしか世界を見ることのできない小説って違和感があるなぁと。一読者のわがままかもしれませんが。

異世界転生小説の新たなトレンド


以上のように、現状の異世界転生小説は独身成人男性の欲望を充足するためのツールとしてはとても優秀ですが、機能を重視するあまり小説としてのコクが足りないように感じられる。


じゃあ、どうすれば小説として進化させることができるのでしょう?


この質問に対する現状のわたしと答えは、「ジャンルの再定義」です。


どういうことか。
異世界転生小説のベースはファンタジーです。これは言うまでもありません。ですが、上に書いたように今やかつてのジュブナイルファンタジーとは全く別物になってしまっている。混じり気のないファンタジーではなく、多くの不純物が含まれている。


そこで「ファンタジーである」という事実を一度脇に置いておいて、その不純物に注目してみた結果あることに気づきました。



最近の異世界転生小説ってピカレスク小説っぽいんですよね。


ピカレスク小説家は悪漢小説、悪者小説とも呼び、16世紀〜17世紀にスペインを中心に流行した小説の形式。(Wikipediaより引用)

その特徴について見てみると、

1.一人称の自伝体
2.エピソードの並列・羅列
3.下層出身者で社会寄生的存在の主人公
4.社会批判的、風刺的性格
5.1〜4を持った上で写実主義的傾向を持った小説を指す。
(Wikipediaより引用)

とある。
1〜3を見ただけでも異世界転生小説とピカレスク小説の相性がかなり良いことが分かっていただけるだろうか。


「小説家になろう」に投稿される異世界転生小説の9割は一人称独白形式だし、ストーリーも忙しい現代人がスキマ時間に読み流せるよう一話ごとに山場を作って無理のない分量でまとまっている。さらに主人公も、ニート社畜、おっさん、オタクといった現代日本社会の中の底辺の人種ばかりである。4は作者のセンスと勉強次第でどうとでもなる事柄だ。5は「写実主義的傾向」というのが具体的に何を意味しているのか謎なため、この際無視していいと思う。


「小説家になろう」や最近オープンした「カクヨム」で異世界転生小説を書いていきたいという人は、ファンタジーという枠に必要以上に目を奪われるのはやめて、ピカレスク小説としての面白さを追求してみてはどうでしょうか。もしかしたら、これまでとは切り口の異なるユニークな作品が書けるかもしれませんよ。


実は、既にそれっぽい作品がいくつか世に出てたりします。転生した主人公が闇の陣営に属する作品も以前より多くなってきました。まだ下火ではあるけれど、新しいトレンドは絶えず生まれ続けているようです。サイト内の流行を一夜の内に変えてしまうような記念碑的な快作の出現を待ってます。


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