そのイヤホンを外させたい

そのイヤホンを外させたい

物語を糧に生きるアラサー男子の方法序説。文芸や出版メディアの趨勢について気になったことを書いていきます。

ティンバーマニアックスの思い出


「ティンバーマニアックス」という懐かしい名前を覚えている人はどれほどいるだろうか。


ほとんどいないような気もするし、意外にも大勢いるような気もする。


知らない人のために説明すると、「ティンバーマニアックス」はスクウェアの人気作「ファイナルファンタジー8」に出てくる架空の雑誌のこと。

設定/【ティンバーマニアックス】

FF8に登場した雑誌。
ティンバーにあるティンバーマニアックス社が発行。
世界各地で発見出来るバックナンバー(設定から推測すると18年前のもの)には、ラグナが書いた記事が載っていて、彼の足取りをたどることが出来る。これをもとにして、セルフィがバラムガーデン学内ネットの学園祭実行委員のページにラグナ様ページを作ってしまう。

ラグナの記事だけ見てると紀行雑誌のような感じだが、
全盛期には政治などの記事も扱い、世界中のジャーナリストにとって憧れの雑誌だったらしい。
しかし、ガルバディア政府による内容の締め付けが厳しくなったこと、時勢の変化により、
現在は内容も緩くなり、発行部数は頭打ちのようだ。

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画像、文章共に
ファイナルファンタジー用語辞典Wikiより引用


ラグナって誰だよ!? セルフィって!?


ごめんなさい。
知らない人にとってはちんぷんかんぷんですよね。でも、プレイしたことのある人にとっては「あーいたねそういうの、懐かしい」ってなる名前かと思われます。


こんな前世紀の遺物を持ち出してきて今更何が言いたいのかというと、なんつーか、僕はブログ書くならこのティンバーマニアックス(以下ティンマニ)みたいな遊び心を失わずにいたいものだなぁと思うわけです。

目次



読んでしまった!

古い雑誌『ティンバーマニアックス』を見つけた! ……読んでしまった!


これは、ゲーム内で雑誌を発見した時のデフォルト。
読んでいることを他人に知られるとちょっと恥ずかしい内容なんだろうか。詳細はよく分からないし、別に雑誌を拾わなくてもストーリー上なんら問題はないのですが、何となく探して歩いてしまう。ティンマニにはそんな魅力がある。

FFシリーズと並走した思春期


僕は1987年生まれのゆとり第一世代なので、ファイナルファンタジー8が出た時は小学6年生くらいだっと記憶しています。


当時は、FFやドラクエなどの人気シリーズの最新作が発売するとゲーム屋さんではあっという間に売り切れの状態になってしまい、なかなか手に入らないことが普通にありました。ゲームって今でもそうなんでしょうか?


でも、このFF8に関しては発売前にセブンイレブンで予約することができた。発売日の朝早起きしてダッシュで受け取りに行ったのは良い思い出です。友人などは、待ちきれなくて前日の夜中に取りに行ってましたから。みんなが発売を今か今かと待ち望んでいたんです。


僕の場合、プレイステショーン移行後の第1作であるFF7から本格的にシリーズのファンになって、その広大な世界観を存分に味わった後の満を持してのFF8の発売だったので、ただのクリアでは飽き足らず、それこそ作品の隅から隅まで遊び倒してやろうという情熱を持ってコントローラーを握っていたのです。

本筋とは関係ないゆるい逸脱


思えば、FFシリーズの公式の攻略本である『アルティマニア』が初めて出たのも確かFF8からでしたよね。


書店で見た時、あの分厚さに驚いたのは僕だけじゃないはずです。おそらく、同じようにただ普通にプレイしただけじゃ満足できないファンは多くて、彼らの要求に応える形であのシリーズは生まれたのではないか。


ティンマニにはそういった大容量の作品だからこそ許される製作者の遊び心があります。だから、作品の大筋とは全く関係がないにも関わらず、FF8という作品の大事な要素の一つとして今も僕の記憶に焼き付いているのです。

どうやら神は細部に宿るらしい


「神は細部に宿る」というそこそこ有名な言葉があります。最初に言いだしたのはモダニズムの建築家ミース・ファン・デル・ローエという人みたいですが、日本においてもサブカルチャー評論なんかでよく使われます。これって文章に関しても当てはまる真理だと思う。


ブログって基本的には好きに書くものですが、多くの人に読んでもらいたいならテンプレートを駆使して記事が書けるかどうかも時に重要です。その結果出来上がった記事はやはりどこかで見た味気ないものになる。しかし、それでも書き手のオリジナリティが完全に消えることはないと思うんです。言葉の選び方とか、アフィリエイトの貼り方一つで人となりが読者に伝わる。


FF8という壮大な作品の中の些細な要素でしかなかったティンマニが現在に至るまで僕の記憶に残っているように、定型の中に潜りこませた書き手のこだわりが、思わぬところで読者の琴線に触れるということは十分にあり得る話です。


だから、どんなフォーマットで書く時でも、書かされているのではなく書いている、届けている、という意識を持ち続けることが大事かなと。


情報の海の中で全くの偶然から自分のブログにたどり着いた一見さんに「読んでしまった!」と言ってもらえるような文章が書けたらいいなと思います。


レトロゲームの話だったのに、結局は自分を戒めるような話に着陸してしまった。でもまいっか。これは自分の書きたいことを書きたいままに書く場所なのですから。ヨーソロー。




しっきーさんによる以下の記事に触発されて書きました。レトロなゲームは魂の肥やしです。

ファイナルファンタジー?

ファイナルファンタジー?