そのイヤホンを外させたい

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そのイヤホンを外させたい

文芸を糧に生きるアラサー男子のブログ。

「脱レール」という厄介な「レール」

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少し前の話になるが、レールに沿ったつまらない人生を嫌悪し、4ヶ月で大学を辞めて起業することを高らかに宣言した18歳の男性の記事が話題になっていた。


今更だからリンクは貼らないけれど、何かおせっかいを言わずにはいられない素敵な記事ですよね。


成功するかどうかは未知数だけれど、僕は彼がせっかく入った大学をあっさりと辞めてしまったことについては、他の人が非難するほど愚かな行為だとは思いません。


自分自身が大学1年の時は、やっと受験勉強が終わって一人暮らしも決まってこれから4年間思いっきり自堕落な生活が送れるとほくそ笑んでいたので、「自分の人生このままでいいのか」なんて高尚なことは1ミリも考えませんでした。結果、就職活動すら放棄し無目的にフリーター生活を送るという憂き目を見ました。


確かに、彼の決断はフライング気味ではあるけれど、今の時代、大学出てたって就職しないで実家でくすぶってるニートのような人間は山程いるのだから、早いうちから自分の可能性を模索することは決して愚かな選択ではないように思う。


僕が違和感を持ったのは、起業を決意するに至るまでの人生に対する彼自身の認識のあり方についてです。

「18年間なにも考えずに生きてきて」

「なにも考えずに生きてきたぼくは」

「ぼくは本当に何も考えてなかったんです」

「周りの人間もなにも考えてないんだなと思いました」


記事中には、このように「なにも考えずに人生を送ってきた自分や他人」に対する後悔と嫌悪が繰り返し書かれています。


18年間なにも考えずに生きてきた?
そんなわけないだろ。嘘つけ。


退学や起業どうこうよりも、自分はこの考え方がどうしても腑に落ちなくて、Twitterで次のようにつぶやきました。



これは、記事中に書かれているエピソード。


・中学3年までこれといった趣味もなく他人の目を気にして周りと歩調を合わせることで安心を得る。

・友達と遊んでばっかでずっとヘラヘラしていた。

・高校で入りたくもない吹奏楽部に友達に釣られて入部し、過酷な練習で挫折を味わう。辞めたくても辞められない。


別にいいんじゃなかろうか……。
青春っぽくて。
少なくとも、僕は「なにも考えていない人間」だとはちっとも思わない。

「大学辞めて起業します!」と言ってる人の方がよっぽど胡散臭いし、この人なんも考えてないんだなって感じます。


18歳の若者に「僕はこれまでなにも考えてきてなかったんだ」と感じさせる世の中の空気の方が恐ろしい。


ずっと行き当たりばったりで生きてきた人間が、ある日奮起して「このままの自分ではダメだ。人生変えたる!」と決意を新たにすることは悪いことではないだろう。


でもだからといって、過去の自分まで全否定する必要はないですよ。


漫画『20世紀少年』の中のある場面をふと思い出した。(何年も前に読んだので正確な引用ではありません)


一度死んだと思われていた主人公のケンヂ。彼は再び仲間のもとへ向かう過程で、“ともだち”の躍進によって悪に染まってしまった昔の知人とサシで問答します。


相手は、自分がいかに他人を裏切り悪事を働いて今の地位までのし上がったのかを詳細にケンヂに語るのですが、話の全てを聞き終えたケンヂは次のような感想を漏らします。


「お前の話、途中まではよく分かるけど、ある段階を過ぎてからは全くリアリティがないんだよ。 ……なんでか教えてやろうか?」


「ある段階」とは、彼がそれまでの日常を完全に放棄して、“ともだち”が提案する嘘にまみれた偽りの世界に人生の手綱を渡してしまった時のことを指します。


20世紀少年―本格科学冒険漫画 (1) (ビッグコミックス)

20世紀少年―本格科学冒険漫画 (1) (ビッグコミックス)


「レールに沿った人生はつまらない」と言う人の話は、十中八九薄っぺらくてつまらない。


今や「脱レール」の思想はネット上のありとあらゆる人間によってスポイルされ、それ自体が「新しいレール」になってしまった。それは一体どこ行きなんだろうか。


そもそも人生にレールなんてありゃしない。


ちょっと立ち止まって考えれば分かることなのに。