そのイヤホンを外させたい

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物語を糧に生きるアラサー男子の方法序説。文芸や出版メディアの趨勢について気になったことを書いていきます。

【感想】桐野夏生『錆びる心』


作家の短編集を読むのが好きだ。


僕には、初めて読む作家に対するアプローチの方法が2通りあります。


まだ作品数の少ない若い作家の場合は、デビュー作から順番に潰していく方がそれまでの足跡を辿るようで感動が大きい。


その一方で、すでに何十作品も上梓している文壇の大御所や人気作家の場合は、デビュー作から律儀に読んでいっても、作品を全部読み切るまでには膨大な時間が掛かってしまいます。腐るほど時間のある学生時代ならまだしも、忙しい社会人は読書のための時間を捻出するだけでも一苦労です。


そんな人は、まず作家の短編集から読み始めてみることをオススメします。


一般的に、短編小説は長編小説と比べてどうしても低く見られがちです。


短編小説と言えば、星新一やオー・ヘンリーのそれのような、読者をアッと言わせる“どんでん返し”のあるテクニック重視の小話を思い浮かべる人が多いからです。


もちろん、上の二人の作品の魅力は“どんでん返し”だけではありません。しかし、一部の人にとって、作家の短編小説が単なる「すべらない話」と同価値のものとして認識されているのもまた事実です。


もったいない。超損してる。


チェーホフマンスフィールド、カーヴァーの小説を薦めてあげたい。そしたら色々分かってくれるはずや。


でも、それは余計なお世話というもの。
それじゃあ自身の信仰する宗教を他人の迷惑も顧みず勧誘してまわる人間と何ら変わらない。
僕が面白いと思うものが、他人もすんなり面白いと感じると思い込むのは、ふてぇ間違いなのだ。



『錆びる心』は、人気作家桐野夏生の処女短編集です。


錆びる心 (文春文庫)

錆びる心 (文春文庫)


ここに収録されている6つの短編小説は、小説好きの人はもちろん、短編小説=“どんでん返し”の認識しか持っていない人にも十分通用する射程の広さを持っています。


短編小説としての技巧性と、数値化できない物語としての印象が絶妙なバランスで溶け合っていて、読ませます。


大まかに言って、純文作家やギミックに拘る短編作家は、人物の内面と外面どちらか一方への配慮が欠けていることが多いのだけど、桐野さんは全ての作品において内外両面できっちりオトすということをしている。お世辞じゃなく、短編小説の理想を感じました。


僕は桐野さんの作品を読んだことがなかったので、上に書いたような短編集から入るアプローチの方法を取りましたが、作家性というのは作品の長短関係なく刻印されるのだなとつくづく感じました。


誰もが経験するような何でもない日常のほころびを容赦なく抉ってくる感じ。とても好きです。長編も読んでいこうと思う。