そのイヤホンを外させたい

そのイヤホンを外させたい

文芸好き。ラノベやWEB発の作品まで視野に入れつつ、文学または物語の趨勢について考えたことを書いていきます。

砕け散るところを見せても他人の心はさざ波ひとつ立たない


朝、たんすの角にぶつけて足の小指を骨折した。


会社に休みをもらった上で病院に行った。


全治2ヶ月。
齢30になるまでこれといった大きな病気や怪我に遭遇しなかったこともあって、ギプスと松葉杖での生活は他人事のように感じられた。


翌日、会社に向かう道すがら、世界が一変していることに僕は気づく。


人々が気持ち悪いくらいフレンドリーに僕に接してくる。


駅の改札やホームでは、みんな進んで場所を空けてくれるし、エレベーターに乗り合わせた中年のサラリーマンは、僕を見ると「おっと」などと言って、開閉ボタンの前で姿勢を正す。


まだ始業前なのに、会社の同僚たちから骨折した際の細かい状況について根掘り葉掘り訊かれる。


普段能面のような表情で気のない朝の挨拶をする人間と同一人物だとはとても思えない。


みながみな、自分がこれまでに見てきた様々な骨折の類型について一過言を持っており、僕を労ってくれる。



名誉の負傷者、みたいな感じになっている。心配してくれるのはとてもありがたいことではあるのだけど、僕は人々の仰々しさにある種の偽善を読み取らずにはいられない。


骨はいつか元通りにくっつく。
僕の復活はキリストのそれのように予見されている。


人々の心配は、その前提があって初めて成り立つものだ。


非日常的ではあるが、それほど深刻にならずとも時が経てば収まるべきところにちゃんと収まるであろう他人の骨折。
それを労わり、同情を寄せることによって、みんな自分のヒットポイントを雀の涙ほど回復させているだけではないか。


誰も他人の本当の破滅なんて見たくないのだ。


なぜなら、それがいつ自分にもふりかかるか誰にも分からないから。


前にウチの会社を辞めたAさんという二十代半ばの女性社員がいた。


彼女は頑張り屋で社内の評価も高かったが、同じ部署のお局様的な中年女性社員に目をつけられ、仕事の内容とは全く関係のないことで事あるごとにいやがらせを受けた。


Aさんの直属の上司である男性社員も、最初のうちは彼女のことを気にかけていたが、直接お局に注意する勇気もなく、ついには見て見ぬ振りになった。


結局、Aさんは鬱病になり、休職期間を過ぎても会社には戻ってこなかった。


社内の人間が、有能な社員だったAさんの退職を悔やんだかというと、そんなことはなかった。


「鬱なんて昔からあったし、決して珍しいもんじゃない。程度の差こそあれ、みんなその要素は持ち合わせている。それにどう対処するかは自分の心掛け次第だよね」


ある男性社員が飲み会の席で発した一言に反論する人間は誰もおらず、みな愛想笑いと共にその場で自分の感情を飲み込んだ。


人は、自分にとって最も見たくないものを見せつける他人に対して、どこまでも冷酷になれるのだ。


折れた小指が治り、ボーナスステージが終わったら、また僕の戦いが始まる。
真に砕け散ることが決してあってはならない、死ぬまで続く戦いが。




フィクションです

砕け散るところを見せてあげる (新潮文庫nex)

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