そのイヤホンを外させたい

そのイヤホンを外させたい

文芸好き。ラノベやWEB発の作品まで視野に入れつつ、文学または物語の趨勢について考えたことを書いていきます。

花田清輝は今日性のある批評家だからもっと読まれていいと思う

年末年始の休みもあっという間に終わり、いつ果てるともない生活に帰還しています。

年越しは実家で紅白観たり、家の近くの神社で甘酒飲んだり、蕎麦食ったり雑煮食ったりと、平均的な日本人の正月を過ごしていました。

本来なら、2016年の内に「今年読んで面白かった本ベスト10」、年が明けたら「2017年の目標」なんていうタイトルの記事をアップする予定でしたが、だらだらし過ぎて、キーボードに一切触れることなくここまで来てしまいました。

今年も先が思いやられますが、どうぞよろしくお願いいたします。

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休みの間に、本を1冊だけ読みました。

花田清輝『復興期の精神』です。

復興期の精神 (講談社文芸文庫)

復興期の精神 (講談社文芸文庫)


僕が本書を読むのはこれで3回目になります。
たぶん、今後も機会を見つけては読み返すと思います。
この人の文章は何度読んでも飽きないし、その都度新たな発見がある。
そして、何度読んでも完全に理解することができないので元が取れます。

花田清輝は、戦中~戦後に掛けて活躍した文芸批評家で、『復興期の精神』は彼の代表作です。

本書が世に出たのは、1946年(昭和21年)。敗戦後1年あまり経った頃で、その中に収められたいくつかのエッセイは戦中に雑誌上で発表されています。

当時は出版物に対する検閲が厳しく、作者が警察に捕まるようなこともよくあったようですが、
花田清輝は、自分の場合は完全に無視されたとあとがきに書いています。

ですが、その事実は本書の内容が他の文学者の作品に比べて穏健だったことを意味しません。

題材があまりにも衒学的なため、検閲官も果たしてその内容が良いのか悪いのか判断できなかったんです。

だって、国を挙げての戦争で国民がギリギリの生活を強いられている時に、ダンテ、レオナルド・ダヴィンチ、マキャベリコペルニクス、ポー、ガロアアンデルセン、カルヴィン、ルイ11世なんていう国も時代も掛け離れた人物を選んで、小難しい自論をおっぱじめるわけです。空気読めよって感じですよね。

しかし、本書を読むと、現実から乖離した素材を批評の種にしつつも、作者の視線は常に戦時下、敗戦という紛れもない現実に向けられているのがよく分かります。

作者自身の言葉を借りるなら、「転形期にいかに生きるか」という問いの答えについて、あらゆる角度から粘り強い思考を重ねています。そんな闘争の精神が、本書には一貫して流れているので鼻につく感じがありません。

花田の言う「転形期」というのは、この国の戦後であったり、ルネサンスであったり、はたまた三国志の時代であったりしますが、これってインターネットの出現によりグローバル化が加速し、資本主義の限界も見え始めた現代も当てはまるんじゃないでしょうか。

そういった意味で、花田清輝著作を読むことは今日的意義があるなぁと思います。

本書のなかで印象深いのは、ルネッサンスという現象について花田ならではの再定義を試みている部分です。一般的にルネッサンスは古典古代のギリシア、ローマの文化を理想とする人間中心の躍動感に満ちた現象だと解釈されている。しかし、果たしてそうか? みたいな感じで。

↑この「果たしてそうか?」という問題提起の仕方、花田清輝の十八番です。出てくるとキタキタァって思う。笑

ここから引用。

我々はルネッサンスを、つねに生との関連において考えるように習慣づけられており、この言葉とともに、中世の闇のなかから浮かびあがってきた、明るい、生命にみちあふれた一世界の姿を心に描く。しかし、再生が再生であるかぎり、必然にそれは死を通過している筈であり、ルネッサンスの正体を把握するためには、我々は、これを死との関連においてもう一度見なおしてみる必要があるのではなかろうか。 p102


ルネッサンスが「再生」を意味する言葉である以上、そのなかには少なからず中世という前時代の「死」が含まれるはずであり、一方に目を向けるだけでは事の本質を理解したことにならない、と花田は言っています。

終局であるはずの「死」が、どのようにしてその先の「生」を形成していったのか。その過程を探ることで、変化の激しい時代を生きるヒントが見えてくるのかもしれません。

人間的な、あまりにも人間的なルネッサンスの影像は、とうてい私には信じがたい。それは生ぬるい牛乳のような感じがする。ところで、ほんとうのルネッサンスは、火をつけると、めらめらと青い焔をたてて燃えあがる、強烈な酒のようなものであったのだ。転形期のもつ性格は無慈悲であり、必死の抵抗以外に再生の道はないのだ。 p104


中島みゆきさんの曲に『地上の星』というのがありますよね。
NHKの「プロジェクトX」の主題歌になったアレです。
曲のなかにこんな歌詞があります。

地上にある星を誰も覚えていない
人は空ばかり見ている


地上にある星って一体なんでしょうか。
ルネッサンス(再生)には、中世の「死」が不可欠だと花田は言います。じゃあ、自分らの暮らす現代に対する「死」ってなにが該当するのでしょうか。それが、地上の星というものなのか……。

う~ん、すぐには答えが出そうにありません。

が、こういう目の前の事象と真摯に向き合い、それを乗り越え前進するための問いをくれるアクチュアルな批評が花田清輝の良さだと僕は思います。

もっと読まれて、他の著書も復刊されるといいなぁ。


最新の批評集は未読。これも読まねば。↓

花田清輝批評集 骨を斬らせて肉を斬る

花田清輝批評集 骨を斬らせて肉を斬る