そのイヤホンを外させたい

そのイヤホンを外させたい

文芸好き。ラノベやWEB発の作品まで視野に入れつつ、文学または物語の趨勢について考えたことを書いていきます。

「逃げる」という勇者の戦略

北方謙三による『三国志』、通称「北方三国志」は、サラリーマンの男性を中心によく読まれている印象がある。

僕も昨日第6巻『陣車の星』を読み終えたところなのですが、ここまで来るのにおそろしく時間が掛かっています。

三国志 (6の巻) (ハルキ文庫―時代小説文庫)

三国志 (6の巻) (ハルキ文庫―時代小説文庫)


第1巻『天狼の星』を友達にすすめられて読んだのが22歳の時ですから、第1巻〜第6巻を読み終えるのに7年!も掛かっています。
いくらなんでもペース遅すぎですよね。1冊読み終えると次の巻はまだいいやと思ってしまい、スパンが空いてしまうのです。

でも、第6巻ではついに諸葛亮孔明馬超が登場し、三国志の山場と言える赤壁の戦いに向かって物語が加速するので、ここから先はわりと期間を空けずに一気に読めそうです。

三顧の礼」はもはや普通


この第6巻の見所としてまず挙がるのは、やはり諸葛亮孔明の初登場と「三顧の礼」でしょう。

孔明という俊才を仲間に引き入れるために、年上である劉備が三度に渡って彼のもとに出向いたというエピソードです。

読者レビューを見ても、この箇所に言及されてる方が多い。


一度目に「志」を語り、
二度目に「生い立ち」を語り、
三度目に「情熱」を語る。


なるほど。まぁ、年寄りの好きそうな話ではあります。目下の人間にそこまでする劉備の徳の深さから現代のサラリーマンが学ぶことも多いでしょう。

しかし、今の時代、これってそれほど珍しいことじゃないですよね。

会社の中で自分より年上の部下なんて当たり前のようにいるし、営業マンだって顧客の信用を得るために相手先の会社に何度も足を運びます。「志」語って「生い立ち」語って「熱情」語ってもスキルなければ面接には落ちますし。

そういった意味で、現代人が「三顧の礼」から学ぶことはあまりないのではないかと。
年上、年下に対する敬意や譲歩はそれなりに大切だけど、わざわざ言葉にする時点でもうちょっとイケてない感じがします。

真の見どころは長坂の戦い


僕は、本書の中では「三顧の礼」よりも「橋上」と題された長坂の戦いを描いた章が断然いいと感じました。

劉備軍の軍師として迎えられた孔明
彼による「天下三分の計」は、持てる者に対する持たざる者の生存戦略です。

曹操軍と比べて圧倒的に軍事力の劣る劉備軍を乱世の中で飛翔させるには、先を見据えた戦略をとる必要がある。そのためには一時の敗北も辞さない。孔明のこの考えをもとに展開されたのが長坂の戦いです。

まず、孔明曹操の配下の楽進に戦闘を仕掛けることによって、曹操の目を揚州から自分たちのいる荊州に向くようにします。曹操が同盟国(予定)である呉に先に攻め込むことを未然に防ぐためです。

そして、計算通り荊州に攻め込んできた曹操の二十万の大軍に対して劉備軍がわざとギリギリの逃走劇を演じてみせることによって、江陵という荊州随一の軍事拠点を得た曹操が間をおかずに揚州(呉)に対して攻め込むように誘導します。荊州を平定させた後で時間を掛けてじわじわと揚州を攻められると、いかに呉と同盟を組もうとも勝機がないことが孔明には分かっていたからです。

曹操は、水軍を得た。荊州の兵も得た。兵糧や武器も得た。孔明は、反芻するように思い返した。戦をする条件は、すべて整っている。二十万の南西軍を出しながら、荊州では戦らしい戦はない。あの男が、そんな状態で満足するはずがなかった。
必ず、揚州を攻める。 p275


順を追って説明するとややこしいですが、要するに、猛犬にわざと小石をぶつけて挑発し、自分たちを追ってくるように仕向け、離れた場所にある落とし穴にまで誘導するというのが孔明の戦略です。落とし穴というのは、むろん赤壁です。

自分は現代を生きる個人として、このかなり危なっかしい孔明の戦略をとても魅力的に感じます。

「逃げながら戦う」は現代的

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話は『三国志』から今ここにシフトします。
自分らの暮らすこの社会というのも、『三国志』の世とは違って血は流れないにせよ、既存の価値観が大きく揺れ動く乱世という点では似ているんじゃないかと思います。

ちょっと中二っぽい比較ですが、ホントそう思うので続けます。

移りゆく価値観の中でもネットに接続していて強く感じるのは、以前にも増して「個」の力が強くなったということです。

ユーチューバーとかブロガーとかTwitterインフルエンサーとか、組織よりも影響力のある個人が市場を動かすみたいなことが既に当たり前のように起こっている。

たぶん、この流れは今後世界的にどんどん加速していくでしょう。国の方針はどうあれ、個人としては選択肢の多い社会になっていく。そのぶん個人間の競争は激化するでしょうが。

しかし、それはやっぱりもう少し先の話で、今はその過渡期に当たります。まだ大多数の人は未来に不安こそあれ旧来通りのシステムに依存していているのが現状です。

そんな中、古いシステムに寄りかからず「個」として稼いでいこうって考えの人が中にはいます。

それは誰かというと、大半が現行のシステムからはじかれた「弱者」なんですよね。彼らに先見の明があることは否定しません。ですがそれ以上に、組織になじめないなど、もっと単純で現実的な理由で彼らは新しい生き方を選んでいるように見えます。

この「弱者」VS 旧時代のシステムという戦いがしばらくは続く限り、前者にとってそれは逃げながらの戦いになるであろうことは容易に予想できます。
システムの圧力に屈してただ逃げるのではなく、最終的に勝つことを見越して戦略的に逃げる。そして相手の追跡が弱まったと感じたら、長坂の戦いで張飛がやったように自軍と敵軍の間の橋を落としてしまう。これが、これから先の個人の生存戦略ではないでしょうか。

なんてことを考えつつ、いよいよ次巻は赤壁の戦い。心して一気に読ませていただきます。


逃げながら戦うといえば、これもそのうち読み終えたい1冊↓

アナバシス―敵中横断6000キロ (岩波文庫)

アナバシス―敵中横断6000キロ (岩波文庫)