そのイヤホンを外させたい

そのイヤホンを外させたい

物語を糧に生きるアラサー男子の方法序説。文芸や出版メディアの趨勢について気になったことを書いていきます。

美しき女剣士が妖魔と壮絶な戦いを繰り広げる漫画『CLAYMORE』(クレイモア)を読んでダーク・ファンタジーの魅力を再発見した。

学生時代に7巻くらいまで読んでそのままにしていた漫画『CLAYMORE』(クレイモア)がいつの間にか完結していた。

この一週間で残りを一気に読み終えました。

ダーク・ファンタジーの教科書みたいな作品ですね。こういうクールな世界観好きです。

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本作は、小説にしろ漫画にしろ面白いダーク・ファンタジーを作る参考になると思うので、いくつか書き出してみます。

目次

クレイモアってどんな話?

半妖を題材としたダーク・ファンタジー。
人間を捕食する人外の魔物「妖魔」と、妖魔を倒すために生み出された半人半妖の女戦士「クレイモア」の存在する中世ヨーロッパ的な世界を舞台に、道程を共にする少年との絆や宿敵の打倒のために生きる主人公クレアを中心に、半人半妖の身であるが故の過酷な宿命を背負いながらも己の信念や目的のために戦い続ける女戦士達の姿を描いている。
なお、「クレイモア」とはスコットランドで用いられた大剣の名称で、半人半妖の女戦士達は一様に大剣=クレイモアを武器として用いるため、作中の世界でクレイモアと呼ばれている。

WikipediaCLAYMORE」より引用

ストーリーの緊張感

ダーク・ファンタジーは普通のファンタジーと比べて重いテーマを扱います。
しかし、だからといって読者の肩の力を抜くためのコミカルな要素は不要です。
へたにそういった場面を入れると作品の緊張感を欠き、世界観をぶち壊す結果につながるからです。

ギャグの要素を盛り込んだとして、すぐに軌道修正できれば何ら問題ありません。
ですが、ギャグとシリアスのバランスを取るのはプロ作家でも難易度が高いので素人は避けた方が無難です。

作品に漂う緊張感をいかに最後まで維持することができるかで作品の良し悪しが決まるといっていいかもしれません。

また、作品の長さも重要です。
しかるべきポイントで話を終わらせず、不必要に話を引き延ばしても、これまた緊張感がないものになってしまいます。

DEATH NOTE』や『鋼の錬金術師』など他のダーク・ファンタジー漫画を見ても、人気作にも関わらずわりと少ない巻数で完結させています。
(『DEATH NOTE』全12巻、『鋼の錬金術師』全27巻)

CLAYMORE』(クレイモア)は、連載14年で全27巻。
長期連載の弊害か、15巻を越えたあたりから弱冠の中だるみが感じられますが、最終的には物語としてきちん伏線も回収されており、読者の期待を裏切らない出来になっています。

主人公に必要なものは“代償”

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ダーク・ファンタジーの主人公に不可欠な要素。
それは大いなる力の獲得とその代償としての喪失です。
その力は時に主人公の肉体や精神を蝕む諸刃の剣ですが、それがないと目的の達成は不可能です。

度重なる力の使用によってダークサイドに引き寄せられながらも、仲間たちの援助によっておのれの行くべき道を切り開いて行く主人公に読者は共感するのです。

凄惨かつ華麗な戦闘シーン

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これもダーク・ファンタジーの魅力の一つです。

CLAYMORE』(クレイモア)のそれは、白眉と言っていいでしょう。

美しい女剣士と醜悪な妖魔というギャップが光と闇の対立をより際立たせ、まるでヨーロッパの宗教画を眺めるかのようです。

他作品だったらこれはちょっと厨二病が過ぎると感じる台詞も、その耽美の精神に免じて抵抗なく受け入れることができます。

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ファンタジーだからって安易に魔法を出さない

とは言え気をつけたいのは、美しさを追求するあまりバトルの臨場感が希薄になることです。

たとえば、ファンタジーだからといって反則技的な魔法を主人公たちに安易に使わせるのは禁物です。

過酷な世界を舞台にするダーク・ファンタジーにおいて、魔法のように簡単に敵を殲滅できる“チート"の導入には慎重になり、なるべく地に足の着いた泥臭い戦いを描く努力をするべきです。

CLAYMORE』(クレイモア)とよく比較される『ベルセルク』に関しても、魔法は最近になるまで出てきませんでした。
そして、満をじして登場した際には、読者の想像をはるかに上回る壮絶な破壊力を発揮しました。

鋼の錬金術師』にしても、錬金術には「等価交換」という絶対的かつシリアスなルールが設定されていますよね。

CLAYMORE』(クレイモア)では、一度妖力全開で覚醒してしまうと二度と人に戻れないことになっています。
ここでも、大いなる力にはそれに見合った代償が支払われるのです。

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最悪の敵の存在

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「最強」ではなく「最悪」。
この微妙なニュアンスの違いが大事です。

ダーク・ファンタジーにおける宿敵は、主人公たちが生きる残酷な世界を一身で体現するような邪悪さと危険性に満ちた存在として描くべきです。

最悪の敵との戦いは、主人公にとっては世界そのものとの対峙であり、決別であり、同時に受容でもあるのです。

過酷な世界は高潔な人格を作る

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世の中の退廃が進み道徳、倫理の価値観が揺らげば揺らぐほど、その流れに同調する大多数の人間とは別に、ごく少数の高潔な人間の輝きが増します。

ダーク・ファンタジーの世界で言えば、そのごく少数の高潔な人間こそ、主人公やその仲間たちです。
そして、現実世界で言えばそれは作品を読んでいる読者です。

進撃の巨人』という分かりやすい例を出すまでもなく、ダーク・ファンタジーの過酷な世界とわれわれの生きる閉塞社会は常に陸続きです。そのことを作者は頭の片隅にとどめておいて損はないでしょう。

主人公がニヒリズムを乗り越える過程を描く

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ダーク・ファンタジーの主人公は総じて孤独で「世界は自分を理解しない、自分も世界を理解しない」というニヒリズムに陥りがちです。

端的に言ってしまえば、ダーク・ファンタジーは主人公がそのニヒリズムを乗り越えていく過程を描いたものです。

仲間たちとの交流や強敵との戦いを経てニヒリズムを克服した主人公は、最初の頃と比べて戦闘の際の冷徹な判断力、行動力を欠きます。

しかし、守るべきものがある「弱さ」ゆえの逆説的な「強さ」を発揮して、最終的に宿敵を打ち倒すのです。

なんだか、いかにも少年漫画的な暑苦しいノリになってしまいました。

が、ダーク・ファンタジー作品の肝にはそういう健全さが隠れてるとやはり思う次第です。

美麗なバトル漫画『CLAYMORE』(クレイモア)。
あらためて良作だと思うので、ここにオススメしておきます。

ではでは。