そのイヤホンを外させたい

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物語を糧に生きるアラサー男子の方法序説。文芸や出版メディアの趨勢について気になったことを書いていきます。

【第156回芥川賞受賞】ピンぼけした記憶の先にある等身大の青春/山下澄人『しんせかい』

しんせかい

しんせかい


第156回芥川賞受賞作、山下澄人『しんせかい』を読んだ。

前回受賞の村田沙耶香『コンビ二人間』は純文とは思えないくらいリーダビリティの高い作品でしたが、『しんせかい』は正統派というか、いつもの芥川賞に戻った感じでした。


本作は、作者の富良野塾時代の体験をベースにした私小説です。しかし、【谷】や【先生】といった場所や人物についての抽象的な表記からもうかがえるように、その叙述には私小説私小説たらしめる生の実感が希薄であり、語り手すみとの自意識は終始掴みどころがない。作品全体を独特な浮遊感が包んでいます。


対象から敢えて距離を取ることで生まれるピンボケした記憶、そのとりとめの無い心象風景の中にしか存在し得ない青春を描いている点で好感が持てました。


とはいえ、本作についていくらか物足りなさを感じたことも事実です。
「好感が持てました」なんて感想が書けちゃうのは読者としてまだ余裕がある証拠です。


自分は作者の過去作を読んだことがないので断定は控えるけれども、他の方のレビューを見るに、本作はこれまでと比べて実験的要素が少なく分かりやすい内容のようです。


たぶん、自分は過去作の方が面白く読めるんじゃないかなぁ。


本作は、富良野塾参加という作者の人格形成に大いに影響を及ぼしたであろう出来事を題材としたことで、作者の意図とは裏腹に、その通俗的なイメージが作品としての可能性を制限してしまったようにも思えます。

自分だけの感想では心もとなかったので、芥川賞審査員の選評にも目を通してみました。


本作を「つまらない」の一言で一刀両断した村上龍が指摘するように、今回の受賞は審査員の間で熱烈な支持も、強烈な拒否もないまま決まったようです。


正直、龍の選評を読んで少しホッとした面もなくはないのですが、上に書いた感想を踏まえてそれぞれの選評を読むと、高樹のぶ子のそれが一番自分と近いかなと思うので引用しておきます。

「しんせかい」はこれまでの作者の候補作と比べて格段に読みやすい。けれどモデルとなった塾や脚本家の先行イメージを外すと、青春小説としては物足りないし薄味。難解だったこれまでの候補作にも頭を抱えたが、このあっさり感にも困った。
文藝春秋2017年3月号p370より引用


それでは。