そのイヤホンを外させたい

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文芸や出版メディアの趨勢について書いていきます。

小さな悪を滅すること/『ゴブリンスレイヤー』から読み取る時代の空気感

彼は「ゴブリン退治は人気がない」と、言葉少なに教えてくれた。
農村の依頼だから報酬が安く、新人向けだから熟練者は選ばない。 (p77より引用)


蝸牛くもゴブリンスレイヤー』を読んだ。


最近はずっと古典作品ばかり読んでいたので久しぶりのラノベは大変読みやすく、読者を飽きさせない趣向に富んでいるなぁと感じた。おもろい。


宝島社が年に1回刊行している『このライトノベルがすごい!』の2017年度版において、本作は文庫部門5位にランクインしている。


作者へのインタビューも一緒に掲載されていたので目を通したのだけど、特徴的なのは、作者自身が過去にインスパイアされた作品はアメコミやTRPGで占められており、小説やその作者に対する言及が一切見られないこと。


以前からこういう傾向は多く見られたものだけれど、それでも作者が影響を受けた書き手として上遠野浩平神坂一西尾維新などの名前は最低限挙がっていた気がする。今のライトノベルやWEB小説の読者は純文学なんてほとんど読まないのだろうな。


しかしながら、『ゴブリンスレイヤー』を生んだ想像力は的確に時代の空気感を捉えていると思う。

ゴブリン退治は3Kである


ゴブリンスレイヤーというのはその名の示す通り、ゴブリンばかり討伐している冒険者の通り名だ。


ゴブリンスレイヤーは銀等級という冒険者ギルドの中でも高位のライセンスを持ちながら、ドラゴンやオーガ、魔神王などハイクラスの獲物には一切興味を示さず、新米冒険者がやるような報酬額の低いゴブリン退治を愚直に続ける。


ただ、彼は自分より弱い敵のみをターゲットにすることによって手軽に金を稼ぎ、他の冒険者よりも楽をしようとしているわけではない。


読むとわかるが、本作においてゴブリンという存在は個体の戦闘力は低いものの、冒険者の隙を突く奸智に長け、敵に回すと厄介極まる醜悪な存在として設定されている。本作のヒロイン的存在である女神官も、冒険者としての最初のクエストで仲間を皆殺しにされ、ゴブリンスレイヤーによってからくも救出されている。


熟練した冒険者にとって、ゴブリン退治は報酬額の低いわりに面倒で厄介な仕事として認知されている。現代社会で言う3K(きつい、汚い、危険)の仕事と似たようなものである。


にも関わらず、ゴブリンスレイヤーはその仕事に対して自分なりの使命感(?)のようなものを持っており、ゴブリン殲滅という目的に向かって最適化された彼の言動や出で立ちはギルドの中でも悪目立ちしている。

遠くの巨悪より半径5メートル内の小悪に目を向ける必要性


本作には、ドラゴンや魔王などの巨悪と戦う他のファンタジー作品よりも、農村を襲って家畜や村娘を誘拐する小悪としてのゴブリンとの戦いの方がより熾烈を極めるという切実な感覚がモチーフとして扱われているように思う。


そしてその感覚は僕たちの住む社会の現状と陸続きとも言える。国際的なテロリズムポピュリズム政治の横行など、かつてないほどのスピードで世界の秩序は乱れ始めている。にも関わらず、日本人はじめ先進国に暮らす多くの人々はその変化に対して確固としたリアリティーを持てずにいる。


なぜなら、資本主義末期の格差社会の到来によって富裕層以外の人々は自分たちの生活圏内の安定を死守するだけで手一杯だから。彼方に存在するドラゴンや魔王は長期的には確かに問題だが、その前に半径5メートル内にひそむゴブリンを殲滅しなければ自分や大切な家族の命が危険に晒される。まさに死活問題だ。

ゴブリンはリトル・ピープル?


作品の中盤で登場人物がゴブリンの出所について議論する場面があり、印象的だった。


地の底に王国があるとか、あれは堕落したエルフやドワーフの成れの果てとか、誰かが何か失敗すると一匹湧いて出る、なんていう色々な憶説が飛び交う中、ゴブリンスレイヤーが奴らは月からやって来たと呟く。


月には草も木も水も何もない、岩だけの寂しい場所だ。だからゴブリンは自分たちが羨ましく、妬んでやって来る。


この場面ほか、作者はゴブリンを今ある世界に対する悪意の象徴として定義している。


この悪意の象徴としてのゴブリンの描き方が、僕には村上春樹1Q84』に登場するリトル・ピープルという謎の小人の描かれ方と被って見えた。


個体としては卑小、非力な存在だけれど、こちらが気を抜いている隙に内側に侵入し何をしでかすか予想のつかない神秘的かつ邪悪な存在。その点で両者は似ている部分がある。


読み物としての面白さと商品としての価値を損なうことなく、独自のモチーフを作品に響かせているという点で優れた作品だと思った。

女神官には、よくわからない。
あのような人の一生を破壊してしまうような事件が、本当によくある事なのか?
だとすれば自分は……その現実に直面して尚、地母神を信じ続けられるのだろうか?
結局、彼女にわかっている事は、たったの二つしかない。
自分は、未だ冒険者を続けているという事。
そしてもう一つ。
ゴブリンスレイヤーは、間違いなくゴブリンを皆殺しにした、という事。
だがしかし、それさえもまた、よくある話の一つに過ぎなかった……。
(p57〜58より引用)