そのイヤホンを外させたい

そのイヤホンを外させたい

文芸好き。ラノベやWEB発の作品まで視野に入れつつ、文学または物語の趨勢について考えたことを書いていきます。

作品タイトルに氾濫する「君」。ライトノベル、ライト文芸を席巻するロマン主義の波。

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2016年に大ヒットした新海誠監督『君の名は。』のDVD&ブルーレイの発売が近いらしく、書店などで宣伝広告を見かける。


僕はまだ本作を観ていない。新海誠作品はこれまで逃すことなくほとんど観てきたのに、本作についてはそのあまりの人気ぶりに尻込みしてしまったのだ。それでも、オチ含めてストーリーは知っているし、青空をバックにした男女のポスターを何度も目にしたせいで既に作品を観た気になっている。


まぁそれはさておき、この『君の名は。』に顕著な瑞々しさ、透明な印象って他のアニメだけでなく文芸の方でも近ごろ散見される傾向だと思う。特に「ライトノベル」、「ライト文芸」と呼ばれるジャンルの周辺で。


たとえば、近日実写映画が公開される住野よる『君の膵臓を食べたい』。


いわゆる「難病モノ」のジャンルに分類される本作だが、「君」と「僕」の切実な関係性を叙情的に描いている。これは『君の名は。』より先の刊行だけど。


最近の作品で言えば、第23回電撃大賞を受賞した佐野徹夜『君は月夜に光り輝く』がある。こちらも「難病モノ」で、あらすじによればヒロインの少女が「発光病」という月の光を浴びると体が淡く光る奇病におかされているという設定だ。

君は月夜に光り輝く (メディアワークス文庫)

君は月夜に光り輝く (メディアワークス文庫)


表紙に関しては、編集者は確実に『君の名は。』を意識して寄せていってると思う。


他にも、


・『ぼくは明日、昨日のきみとデートする
・『君に恋をするなんて、ありえないはずだった』
・『二度目の夏、二度と会えない君』
・『嘘が見える僕は、素直な君に恋をした』
・『終わる世界の片隅で、また君に恋をする』
・『そして、君のいない九月がくる』


君君君。作品内容は読んでないから何も言えないが、タイトルだけ見ても「君」のオンパレードである。表紙は青空や夜空をバックに男女が描かれた似たような雰囲気のイラストばかり。


こういう状況を受けて、Twitterでこんなことをつぶやいた。


現実を描いていないというのは言い過ぎかもしれない。叙情性を重視することではじめて描ける現実もあると思うから。


上記のような文芸作品におけるロマン主義(浪漫主義)への偏重は、日本文学史を見ると明治の終わりから大正にかけて見られ、その後に自然主義文学が台頭してきて日本的な「私小説」が形成されていった。また、その流れに距離を置きながら夏目漱石などの文豪は独自の作品を書いていた。「ロマン」に対して「浪漫」という当て字を考案したのは漱石である。


歴史にそれほど明るくないのでこれ以上深く突っ込めないけれど、100年前と今の社会を比較してみたら意外と共通点が見つかるのかもしれない。


今日はそんな話でした。

風立ちぬ (集英社文庫)

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