そのイヤホンを外させたい

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『ゲーム・オブ・スローンズ』の中毒性について思うこと

毎晩1〜2話のペースで海外ドラマの『ゲーム・オブ・スローンズ』を観ている。

事前に評判は耳にしていたからある程度面白いだろうことは分かっていたのだが、実際に観始めるとその期待値をやすやすと超えてくる感じでキレーにハマってしまった。あと少しで第2シーズンが終わる。まだ未消化分が多くあることが嬉しい。

本作の特徴としては、エロスとバイオレンスの二つの要素が挙げられ、20分に1度くらいの頻度で女性の裸体や血なまぐさいシーンが挿入される。性と暴力は作品全体にとって欠かせないスパイスになっている。

ふと思ったのは、本作が放送開始した2011年はアメリカでは長期に渡ったイラク戦争がようやく終結を見た年でもある。大規模な戦闘自体は早い段階で決着していたものの、米軍の完全撤収までには結局開戦から10年あまりの年月が費やされた。

本作における性と暴力の描写は、それがファンタジー世界のこととはいえ、かなりリアルに現実の戦争を視聴者に想起させるものだ。日本人の自分でもそう感じるのだからアメリカ人はなおさらである。

アメリカという国が凄いと感じるのは、普通長期に渡る戦争がようやく終わる頃って、国全体に「もう戦争はゴリゴリ」という厭戦ムードが高まり過激な暴力描写の含まれる作品は忌避されるんじゃないかと思うのだけど、現実には全然そうならなくて、他国との戦闘と国民の日常生活が完全に分離されているように見えることだ。これって日本だったら考えられない現実認識のあり方だよなぁと思う。この割り切りの良さにアメリカという国の良いところと悪いところ両方がある気がした。

国のことから作品そのものの面白さに話を戻す。本作を観始めたら途中で止まらなくなって一気に最新のものまで観てしまったという人は多いのではないだろうか。『24』をはじめ海外ドラマってそういった中毒性がある作品が多い。

ドラマではないけれど、僕がここ最近で同じような中毒性を感じたのは漫画の『キングダム』である。この作品も読んでいると一種のトランス状態になってきてあっという間に最新巻まで読んでしまう。

純粋な意味での「面白さ」で見た場合、『ゲーム・オブ・スローンズ』と『キングダム』はエンタメ作品として現時点で行けるところまでは行った作品ではないかと思う。自分の好きな小説は、それが純文学にしろ大衆小説にしろ、この二つの作品と同じ土俵で戦う限り勝つことは難しいだろう。

さらに言えば、ひと昔前までは映像作品はテレビがある家でしか観ることが難しかった。だから、持ち運びが容易な小説と棲み分けができていたけれど、今はスマフォが普及したので場所の制限なく気軽に映画、テレビ、ゲームを楽しむことができる。それらは視覚効果に優れ、なおかつ取っつきやすいので、娯楽としての小説の立場は今後もっと危うくなるだろう。

しかし、『ゲーム・オブ・スローンズ』のような現代のエンタメ作品のチャンピオンが提供する類の「面白さ」は、今の世の中においてそれほど稀少なものではなく、程度の差こそあれ市場に溢れ返っている。だから、単純な意味での「面白さ」に対する消費者の期待値はむしろ下がっているような気もする。「面白さ」だけではもう足りない、と感じる消費者のニーズが今後生まれてくる可能性はあると思う。

「面白い」の飽和がもたらすのが、消費者による「面白い」の再定義または多様化であるとするなら、文芸は最もその欲望の変化に対応できる表現形式だと自分は思うのだけど、どうでしょうか。

純粋な楽しみとして観始めた作品だけど、予想外に色々と考えさせられました。